マンチェスターのギャスケル・ハウスへの遠い道のり

今までの旅行の中で武勇伝といえば、ギャスケル夫人の家へ行ったことです。ギャスケル夫人というのは200年ほど前のイギリスのビクトリア朝を生きた作家です。私はイギリス旅行を計画していたので、彼女の住んだ家がマンチェスターに残されていることを知り滞在中に訪ねてみたいと思いました。

この家のウェブサイトには家は修復中で、毎月の第1日曜日だけオープンしていることが載っていました。しかし私はオープンの日にイギリスを出発することになっていたので、別の日に家を見せてもらう方法はないかと考えました。

夫人の家のウェブサイトにはギャスケル協会の代表者の連絡先が載っていました。私は自分がイギリス滞在中に家を見学したいので、オープン前日に掃除をしたり空気を入れ替えるのであれば、その時に中を見せてもらえないかと書いたEメールを送りました。

しかし返事はありませんでした。私はもう一度メールを送りました。

返ってきた返事には私のために喜んで家を見せてくれると書かれていましたが、向こうが指定した日は私には都合の悪い日でした。私は事情を話し、ほかの日にしてもらえないかと頼みました。

するとその代表者は自分は予定があるが、別の女性に頼んでおくと返事をくれました。そして近いうちにその女性から直接連絡が来るということでした。

2週間待ちましたが何の連絡もなく、私はもう一度その代表者と連絡をとりました。すぐに返事はありましたが、その人が言うには頼んでおいた女性の義父が亡くなったので彼女は忙しいのだろうとのことでした。

もう一度彼女にメールして頼んでおくと言ってくれましたが、それ以降どれだけ待っても連絡は来ませんでした。

出発の日も近づいてきた頃、届かないメールを待つのに耐えかねて代表者に電話することにしました。時差があるので私はイギリスが夕方を迎える頃、日本では深夜2時に国際電話をかけました。英語で電話するのは苦手ですから、受話器を握ると私の心臓は眠気も吹き飛ぶほどドキドキしました。呼び出し音が続く間、破裂しそうなほど大きな自分の心臓の音を聞いていました。しかし相手は留守でした。

すぐには眠れなかったのでその1時間後にも電話したのですが、やはり帰宅されていないようでした。

次の夜にもう1度チャレンジしてみようと思いましたが、深夜にまた緊張と興奮の電話をするのが嫌だったので、次はイギリスが朝を迎える頃に電話しました。その時の日本は夕方でした。

今度はつながりました。ふるえる声で言いたいことを伝え、無事にこちらの希望に合わせて家を見せてもらえることが決まりました。難しい仕事をこなしてほっとした私が

「国際電話は緊張するわね」

と言うと、相手も笑ってくれました。

ギャスケル夫人の家が現存していることを知ってから、見学にこぎつけるまでに3か月ほどかかりました。

夫人の家はまだ修復を始めてそれほどたっていないそうです。私はその家を訪れた最初の日本人となりました。